桐野夏生『燕は戻ってこない』(集英社、2022年3月)

書評
  • 著者である桐野夏生さんの本は初めてでした。70歳の桐野さんが、スマホのLINEやYouTube、精子検査キットによる動画確認可能なことまで、現代の世の中でどんなことが流行っているのかを詳しく知っていることに少しばかり驚きました。
  • 感想を一言でいうと、考えさせられる、です。かつて、NHKスペシャルで「卵子の老化」という言葉が使われていたのを思い出しました。本書を読みながら、人間には出産適齢期というものがあるのだと改めて考えました。
  • 本書は、不妊治療を諦めた夫婦、特にお金に困ることなく生きてきたその夫のエゴと、お金に困った生活を送らざるを得ない、地方出身女性を対照的に描いています。不妊に悩む夫婦にとって参考になる本です。もし自分が子供を欲しくて不妊に悩む立場だったなら、自分の遺伝子を残したいというエゴは必ずしも強くはありませんので、養子を迎える選択をするのかもしれません。
  • 代理母、特にサロゲートマザーによる子供獲得は、本書中の不妊夫婦の妻側の気持ちのように、揺れ動く可能性があるでしょう。その点、養子を迎え入れることは完全に夫婦平等です。

p.29「代理母にも二種類ありましてね。何らかの原因で妊娠できない奥様の卵子と、旦那様の精子とで受精卵を作って、あなたのような若くて健康な方の子宮に移して産んでもらう方法。もうひとつは、奥様とは別の女性の卵子と、ご主人の精子を使った受精卵を、卵子を提供してくださった女性の子宮に戻して出産してもらう方法。サロゲートマザーというのは、後者のほうなんです。」

これは、代理母のことを理解する上で重要な定義なので、きちんと押さえておく必要があります。

p.50 代理母の一番人気はウクライナとあります。初めて知りました。調べてみると、同国では、卵子提供と代理出産は合法だそうです。現在、ロシアとの戦争が行われているため、このビジネスも今は影響を受けているでしょう。

・p.56 「最近は、健康に問題のない普通の女性たちの間でも、卵子凍結をする人が増えている」

昔と比較して世の中が豊かになり、医療技術が進歩し、女性が経済力を付けてきたことの証左でもあります。卵子凍結の話しに詳しくはありませんが、実際の手法は期間を分けて、複数個の凍結卵子を作っていくのでしょうか。というのも、いざ解凍して精子と受精させようとしても、受精しない可能性ももちろんあるでしょうから、複数回の受精をできるように、期間を分けて採卵することになるのだろうかという疑問です。結婚、妊娠にはさまざまな事情があって、適齢期の妊娠が難しい人がいることは理解できます。一方で、20代がもっとも自然妊娠に適している、ということは女性の身体の摂理でしょう。

・p.67 「悠子の関与はないわけだ。悠子はそれでいいの?」

登場する不妊夫婦が代理母としてサロゲートマザーを選択したことを指摘されている描写です。世の中には、卵子不全ではなく、精子不全による不妊もあります。このとき、作中の不妊夫婦の一方である悠子と同じ立場に立つ夫も世にはいます。つまり、自分の精子ではない、他人の精子と自分の妻の卵子が体外受精されて妻の子宮に戻される方法です。このようなケースがあることは容易に想像できますが、あまり女性ほどには取り上げられていないような気がします。

p.169 「拡大して精子を見られるキットを売っているんだよ。」

アマゾンで「精子検査キット」のキーワード検索をしたら、たくさんヒットしてびっくり。トップに現れたのは、TENGAの精子観察キット。値段は1,212円。2,506件のレビューがついて人気商品となっています。レビュー平均は4.1だから高評価です。感想を読むと、「動く姿に感動。」というものが多数あり。
ついでながらに、他にヒットした商品の中に浮気チェッカーというものがありました。浮気チェッカーというスプレーをパンツに吹き掛けて、精子の跡があれば色により反応する検査薬です。当初、この商品は、女性が男性のパンツに吹き掛けて調べるものなのかと思っていました。しかし、商品説明を詳しく読んでみると、使用例に女性用パンツが使われています。つまりは、男性が女性のパンツに吹き掛けて浮気をチェックするものとして商品説明されています。男性がスキンを使った場合、精子が男性のパンツに残って付着することはあっても、女性のパンツに残ることは考えにくいです。このことから、女性のパンツに吹き掛けて陽性反応が現れた場合には、スキンなしでの行為が行われたという推定は十分に成り立つでしょう。ただし、商品評価を読むと、商品そのものに対する信頼は決して高くはなさそうです。

p.187 「生殖テクノロジーは、恐ろしいほど発達し続けている。イギリスで女性のカップルの片方が精子提供で受精卵を作り、その受精卵をパートナーの子宮に移植して二人で産んだという話がある。生殖テクノロジーに追いつかないのは、人間の感情と法律だけなのではないか。」

これはすごい!

p.300 「あなたたち夫婦が死んだら、悠子の親戚に財産がいっちゃうのが悔しいのよ。お金だけは、自分の血を引く子供に残したいの。それが金持ちの生理だよ。」

自分は金持ちではありませんので、そんな心情にはなりません。金持ちになったら、そういうものかと思えるものです。

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